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錦秋の京都・・・東寺夜間拝観など
大原三千院・北野天満宮・清水寺

11/15 新横浜駅→米原駅→大原三千院→北野天満宮→清水寺→京都 泊
11/16 嵐山→下鴨神社→哲学の道→南禅寺→東寺 夜間拝観→京都 泊
11/17 光明寺→平等院鳳凰堂 宇治→米原駅→新横浜駅
11/15大原三千院など 11/16嵐山・南禅寺など 11/17平等院鳳凰堂など
ツーリズムで秋の京都を堪能すべく出かけてきました。
「嵯峨野トロッコ列車と個人では行きにくい光明寺
世界遺産・東寺夜間拝観優先入場
錦秋の京都11選 3日間」 
タイトルを見ただけで期待値が上がります、とは言え紅葉の具合は自然任せ、どうかな?

今回は新幹線「こだま703号」「新横浜」乗車→「米原駅」10:10
後の工程は観光バスです。
天台宗 京都大原 三千院 
 三千院に向かう道端に有る「女ひとり」の歌碑、苔むした風情が素敵です
 御殿門(ごてんもん)
三千院の玄関口、その石組は近江坂本の穴太衆(あのうしゅう)によるものです
聚碧園(しゅうへきえん)
客殿の庭園で、東側は山畔を利用した上下二段式とし、南側の池との池庭を形成しています。 
往生極楽院
三千院の歴史の源とも言える簡素な御堂ですが、国宝「阿弥陀三尊像」が祀られています
「有清園(ゆうせいえん)」
お堂から歩を進めると杉や桧、紅葉の木立、青蒸す苔の庭園です
紅葉、盛りが過ぎていますね。。。落ち葉の風情をお楽しみください 
「 わらべ地蔵」
往生極楽院南側、弁天池の脇にたたずむ小さなお地蔵さまたち。
きれいに苔むしており、もう何年も前からずっとたたずんでいるようですが
作られたのは平成になってから、石彫刻家の杉村孝氏の手によるものです。
 
 三千院の由来
三千院は延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山東塔南谷(とうとうみなみだに)
の山梨の大木の下に一宇を構えたことに始まります。
明治維新後、現在の地大原に移り「三千院」として1200年の歴史をつないでいます。  (三千院 HPより)
北野天満宮 
北野天満宮は、菅原道真公(菅公)を御祭神としておまつりする全国約1万2000社の天満宮・天神社の総本社です。
古来「北野の天神さま」と親しまれ、入試合格・学業成就・文化芸能・災難厄除祈願のお社として幅広く信仰されて
います。 (天満宮HPより)
 「楼門」
 境内には天神様のお使いの丑があちこちに、この臥牛を撫ぜるとご利益があるそうです
もちろん撫ぜました、天神さまが私と同じ丑年生まれとは光栄です
重要文化財「三光門」 
国宝「御本殿」 
 
音羽山 清水寺 
今日の締めは清水寺、人が多いです、修学旅行生と
インバウンドの旅行客東南アジア系の人が多い感じです、ギュウギュウ 

サイトを見ると「清水の舞台」で知られる寺院。北法相宗の本山とあります
清水寺のシンボル的な「三重塔」と「経堂」 
 「子安塔」を眺めながら歩きます
 「奥の院」を望む
「音羽の瀧」の真上に建ち、現在の建物は、本堂と同時期の1633年に再建され、2017年に修復が完了。
本堂と同様の懸造りの舞台があります。(重要文化財)
 
国宝 「本堂」
音羽山の断崖に建つ清水寺の本堂は1633年再建の木造建築で、本尊は千手観音菩薩。
日本古来の伝統工法による丈夫な構造で、多くの参詣者で賑わう舞台を支えています。
本堂から張り出した「舞台」の高さは約13メートル、4階建てのビルに相当する高さです。

本当に人が多くて、見ているとチョット不安になるくらい。
夕食は清水寺で湯豆腐を頂きました 

お宿は「この時期貴重な京都市内のホテル」とパンフレットに有ります
「アーバンホテル京都」

とは言えビジネスホテルで、全員シングルルーム。。。
インバウンドの旅行者がホテル料金を高くしているらしいです


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